4年でエース格

相次いで先発柱が消えたんでプロ4年目だが確実にエース格となり、事実上投手陣を引っ張って行かなければならない宿命を持った攝津クン。

【ソフトB】摂津が2日連続ブルペン

 昨季14勝を挙げたソフトバンク攝津正投手(29)が2日連続でブルペン入りし、捕手を座らせて30球を投げた。まだフォー厶固めの時期で、終盤は球が高めに浮く場面もあった。「まだまだ、これからですね」と冷静に話した。

 杉内、和田、ホールトンが抜けて今季はエース格としての期待がかかる。「自分のペースを考えながらやっていきたい」と、焦らずシーズンに備える構えだ。

 [2012年2月2日18時34分]ニッカンスポーツ・コムより

まぁ、実際年齢的を考えれば投手陣を引っ張って行くのは当たり前なんだけど。

只、オラが心配しているのは今までのツケが溜まって故障しないかな?ってことなんだドモ。

確かに鉄腕の名を持っているが、鷹では使われ方(酷使されて)次第で潰れていった選手は多いから心配。

まぁ、最近芸能人と結婚したあの選手のように球団に優遇されるような攝津クンは見たくないしネ。

兎に角、オラは何も出来ないけど秋田から心の中で応援します。

がんばれ!攝津正

2012年球春

もう2月になりプロ野球も球春となりキャンプが始まった。

やはり年齢が上がるにつれ、時間の経過が早い。
(俄なオッサンじゃなく、完全体なオッサンになった証拠ですな)

ホークスVV祈願、秋山監督「連続日本一取る」

 2月1日から始まるプロ野球の春季キャンプを前に、福岡ソフトバンクホークスが30日、福岡市東区の筥崎宮で必勝祈願を行った。

 王貞治球団会長(71)や秋山幸二監督(49)、今季から選手会長を務める本多雄一内野手(27)らを先頭に、選手、球団スタッフ約130人が参拝。毎年恒例の大絵馬を奉納し、日本シリーズ連覇へ決意を新たにした。

 神事を終えると、約3000人のファンを前に、秋山監督が「今年は連続日本一をとるという強い気持ちを持って戦いたい」とあいさつ。本多選手は「ファンともう一度、日本一の喜びを味わいたい」と意気込みを語った。

 チームは31日、キャンプ地の宮崎市に入る。

(2012年1月30日 読売新聞)より

上は30日の必勝祈願の記事だが、今年のスローガンは「V V (ブイブイ)」らしい。

なんか最近の鷹のスローガンはオラ的には好きになれないが、親会社があれなんで仕方ないか。

お犬様の応援隊長の継続らしいし。

まぁ、そんなことより、今年は投手陣は若手には大チャンス、生温い考えをいかに捨ててチームの勝利に貢献出来る選手(要は使える選手)が出て活躍してほしい。

野手陣は逆に御老体選手を追いやる気持ちでレギュラーの獲得を目指してほしい。

微温湯気分で(そんな考えしている選手はいないと思うけど)いると何時まで経っても御大選手が居座り続けますぞ。

寝首を獲るくらいの気持ちで頑張って下さいな。

とキャンプにも行った事も無く、ここ数年球場に行けない私の希望でした。

早鞆高、初出場おめでとう!

大越基監督、おめでとう。

野球人生で色々あったその経験を活かし高校球児を甲子園へ導いたことは嬉しいです。

ホークス解雇バネに大舞台へ センバツ決定の早鞆高・大越監督

 第84回選抜高校野球大会(3月21日開幕)への初出場が27日決まった早鞆(はやとも)高(山口県下関市)。チームを率いるのは元プロ野球福岡ダイエー(現ソフトバンク)ホークスの外野手だった大越基監督(40)だ。朗報を受けると号泣。「泣くつもりはなかったんですけど…」。9年前にホークスを解雇され、同校の監督に就任して3年目。教え子たちの手で胴上げされ、思わず感極まった。

 仙台育英高(宮城)3年時の1989年夏、エースとして甲子園準優勝。早大を中退後、ドラフト1位で入団したプロの世界では野手転向を強いられ、猛練習で1軍に定着した。2003年、日本シリーズにベンチ入りしながら、日本一を決めた最終戦の3日後に戦力外通告を受けた。野球を諦めきれずに04年、東亜大に進学して教員免許を取得。07年に早鞆高に着任、09年から野球部監督として指揮を執ったが、勝てない日々が続いた。

 気持ちが表情に出るタイプだった。「選手は監督の顔を見ている。お前が変わらないと何も変わらんぞ」。かつての同僚、福岡ソフトバンクの鳥越裕介コーチの言葉が胸を射抜いた。「元プロという意識をなくした」。冗談を交えて選手に接し、ベンチで声を荒らげることをやめた。昨夏は選手と甲子園大会決勝を現地観戦、同秋の中国大会で4強入りした。

 東日本大震災で被害を受けた宮城県七ケ浜町の出身。高校時代のチームメートの母親の悲報にも接した。今大会への思い入れは強い。「石巻工高さんとやれたら…。彼らの背負っているものは出場校の中で一番だと思う」。大舞台へ向け、教え子たちを見つめる目が細くなった。

=2012/01/28付 西日本新聞朝刊= より

まぁ、噂を聞けばタイプ的には昭和型の監督らしいけど、自分で意識改革して甲子園へ導くことは凄いと思う。

おそらく同年代のあの方は涙流して喜んでいるに違いない。
(って、今連絡も取れないし、彼は元気なんだろうか?)

ちなみに話は変わりますが、山口県下関市の高速で他にも同じ速度で走っていたのに秋田県ナンバーで走っていた私の車だけが覆面に捕まった嫌な記憶があり、個人的には山口県警は大嫌いです!!